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2007年4月 6日 (金)

滝野川 四本木稲荷

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桜写真シリーズ番外編。
滝野川「四本木稲荷」を紹介します。










桜を見ながらお散歩をしていると、いつの間にか滝野川の「ラビリンス」地帯に迷い込んでしまいました・・。

滝野川3丁目の辺りで、お稲荷さんを見つけました。

鳥居には「四本木稲荷」の文字が。

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四本木と書いて、「よもとぎ」と読むそうです。
(くまこは「よんぽんぎ」と読んで、くまこ夫にバカにされました・・)

ここの稲荷の狐さんはどんな顔かしら?と思い近寄ってみると、狐の像は金網で囲われていて、見ることができませんでした。

拝殿の隣では、桜がそっと咲いていました。

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王子稲荷とは違って、人気がないせいかひっそりとしたお稲荷さんでした。

家に帰って調べてみると、「四本木稲荷」の意外な歴史が分かりました。

日露戦争の時、この周辺には陸軍の軍事工場があり、お稲荷さんは工場の守り神として祀られていたそうです。
その後、戦災で工場が焼失したのを期に、現在の場所に移ったとのこと。

※詳しくは北区の観光ページのこちらをご覧ください。

工場が造られる前は、この一帯には古墳があったという話に驚きました!

お稲荷さんの裏手には、山吹が咲いていました。

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山吹の鮮やかな黄色い花がとても華やかでした。

北区には、まだまだくまこの知らない歴史があるようです。

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コメント

はじめまして、
四本木稲荷さんのずいぶん古い記事を拝見してしまいました。(2011.2.23)
少し書かせてください。
この四本木稲荷は、今、中央図書館の隣接となっている稲荷公園にありました。
その前は、今、そこから100メートルほど回り込むと自衛隊北門の手前に大きなケヤキの木がありますね。
その木のあたりから埼京線のあたりまでは昔、七軒町(しちけんちょう)という地名でした。もちろん、まだ軍用地になる前ですから、明治37-38年の以前のことです。
もちろん、自衛隊の塀なぞ無かったころの話です。
ケヤキの木から見て、塀の内側のあたりに、元、お稲荷さんがあったのを、軍用地になるので稲荷公園となる地に移設したのですが、移設前には、私の昔の家は茅葺農家でその四本木稲荷と呼ばれるようになるお稲荷さんの隣にあったのだそうです。
私のおじいさんの妹が、もうかなり老齢になっていたころ、私は
このおばあさんの昔話を録音しました。(今、持っています。)
つまり、このおばあさんが、そのお稲荷さんの隣の昔の家で生まれ育ったころの話をです。
おばあさんが言ったのは、
「昔、そのお稲荷さんの周りに、四本(しほん)の大きな樹があって、その中のサワラの樹は特に大きくて、荒川からも見えた。お稲荷さんを四本木(しほんぎ)稲荷っていうのはそれでだよ。」
というものでした。
お邪魔しました。67歳爺

投稿: タカさん | 2011年2月23日 (水) 13時33分

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