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2008年5月20日 (火)

東京第一陸軍造兵廠跡

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十条台にある東京第一陸軍造兵廠跡に行ってきました。







北区の十条台にある「中央公園」。

現在は緑が生い茂る静かな公園ですが、戦前は帝国陸軍の「東京第一陸軍造兵廠」があった所です。

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陸軍造兵廠とは、銃や弾薬や大砲などの火器の製造所のこと。

戦前、北区の十条台の一帯は陸軍の軍用地として利用されており、火器の工場として使われていた赤煉瓦倉庫(現在の新中央図書館)など、あちこちにその名残が残っています。

公園の中央にある重厚な造りの白い建物は、当時は造兵廠の本部として使われていました。

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現在は、「中央公園文化センター」に指定され、区の公共施設として利用されています。

こちらの建物は関東大震災の後に建築されたので、かなりしっかりした構造になっているそう。

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戦後、この造兵廠は米軍に接収され、しばらくの間米陸軍の「王子キャンプ」として使用されてきました。
ベトナム戦争時には、キャンプ内に野戦病院が置かれたため負傷した兵士達が運び込まれ、この付近では反戦運動や日本への敷地返還などの激しいデモなども行われてきたそうです。

1971年に返還されてからは、区の公園として運営されています。

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閑静な公園から北区の意外な歴史を知ることができ、とても興味深いです。

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コメント

こんにちは。
ぼくの世代(1949年生まれ)にとっては、この建物は、
王子キャンプそのものです。
反戦運動に参加したわけではありませんが、
普通の新聞にも、ここでのデモがよく報道されたし、
当時、隣の板橋区に住んでいましたから、
近くで、大変なことが起きていると心配していました。

友人の友人が、この運動が間接的な原因で
自殺した方もいて、無関心ではいられませんでした。
歴史を学ぶということはとても大切なことです。
また、王子が本当ならば、もっと発展していいのに、
そうならないのは、陸軍の怨念がいっぱいあるからだと
冗談のように、言われています。

投稿: LiberaJoy | 2008年5月21日 (水) 12時35分

個々の建物はたいへんに趣があるデザインですから、テレビドラマのロケなどによくつかわれています。病院、警察署などとしてよくつかわれていますよ。現在の自衛隊の敷地も含めて旧軍の施設でした。現在の南橋の下に専用の線路が敷かれていたそうです。

投稿: ヒゲダンプ | 2008年5月22日 (木) 10時49分

LiberaJoyさん。
都心よりも静かでのどかな王子の街も、
江戸時代は観光地として賑わい、
開国後は製紙工場の街として繁栄、
戦前は陸軍の火器工場、
そして戦後は米軍キャンプ・・
と激動の歴史があったのですね。
今の王子からは想像もつかないです。
今回の記事で歴史を知ることの重要性を改めて感じました。

投稿: くまこ | 2008年5月22日 (木) 20時36分

ヒゲダンプさん。
ロケに使われていると聞いて、納得です☆
重厚で歴史を感じさせる建物は、強く印象に残ります。
この周辺一帯の広大な敷地が陸軍の基地だったと知って驚きました。
戦時中はまた違った風景が広がっていたのかもしれませんね。

投稿: くまこ | 2008年5月22日 (木) 20時40分

米軍が使っていた頃、ここに使用済み銃弾の薬莢を拾いに行ったことがありましたっけ。
文化センターは、この手の話につきものの幽霊話もありまして、サイトを探すと心霊写真ぽいものが出てきたり・・・
ちょっと不気味な話になってしまいました、すみません^^;

投稿: HIRO | 2008年5月24日 (土) 06時30分

HIROさん。
薬莢が落ちていたというのは、きっとベトナム戦争のころでしょうか。
米軍時代のお話、いろいろ勉強になります。
文化センターの幽霊話は初耳ですcoldsweats02
王子は歴史のある街なので、そういった話も当然あるとは思っていましたが。
夜に行くのはヤメます・・

投稿: くまこ | 2008年5月24日 (土) 20時48分

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